
■英国のEU離脱の是非を問う国民投票
6月23日(木曜日)に英国で国民投票(レファレンダム)が実施されます。そこでは「英国はEUにとどまるべきか?」が、直接、英国の有権者に問われます。
この投票は「YES」、「NO」の二者択一となっており、有効投票の過半数を取った方が勝ちになります。また最低投票率は決められていません。
それが何を意味するか? といえば、仮に極端な例として6月23日にイギリス中でたった9人しか投票所に赴かず、そのうち5人が英国のEU離脱を支持する方へ票を投じたとすれば、英国はEUを離脱することになってしまうということです。
なぜこのような細かい点を強調するかと言えば、なるほどアンケート調査では残留派と離脱派が拮抗していますが、残留派には若者が多く、離脱派には年配の人が多いからです。
一般的な傾向として若者は投票所に行きません。
だからアンケート調査などをもとに(当然、残留だろう)と投資家が思っていても、番狂わせが無いとは限らないのです。
■EUって、何?
そもそも欧州連合(EU)とは何でしょうか?
EUとは、欧州28か国が参加する、政治ならびに経済のパートナーシップを指します。
当初は、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)という、生産調整のためのカルテルでした。つまりもっぱら経済に関する取り決めだったのです。
なぜそのような取り決めを結ぶ必要があったか? と言えば、第二次世界大戦後、欧州が経済復興を行う際、石炭や鉄鋼の生産能力が地理的にドイツに集中しており、調整を加えぬままドイツを復興させると、ドイツは余剰の鉄鋼をさばくため、市場を求めて拡大政策を取る、言い換えれば再び侵略戦争をするリスクがあったからです。
その後、ECSCは欧州連合(EU)へと発展します。1980年代後半には「欧州域内でのヒト、モノ、カネの動きを自由にしよう!」という、いわゆる「シングル・マーケット」が提唱されます。具体的には域内での関税、通関、入管手続きの廃止へと動いていったのです。
そして最終的には共通通貨ユーロ(€)が導入されました。なお、ユーロはEUの全ての国が使っているのではなくて、19か国だけが使用しています。英国はポンドですので、共通通貨は使用していません。
今回、英国での国民投票に先立って、デビッド・キャメロン首相は:
- EUから移民に対する社会福祉に制限を加えることができる
- 南欧諸国支援のため英国がこれまでに投入した支援金をゆくゆく払い戻してもらう
- ロンドンの金融街、シティへのEUの干渉を制限する
- 英国の主権へのコミットメント
- 英国議会の55%がEU議会の法案に反対なら再審議を請求できる
- 偽装結婚などを「人の移動の自由」の対象外にする
などの譲歩を引き出しました。
■EU離脱派の主張
EU離脱派は、EUからいろいろなルールを押し付けられすぎていると感じています。
英国がEUに支払っているメンバー・フィーは年間88億ポンドですが、それに対して経済的見返りが少ないのではないか? という意見もあります。
また「シングル・マーケット」のルールの下では国境のコントロールや不法入国の取り締まりがやりにくいという意見もあります。
なによりも英国のアイデンティティが薄れ、「欧州合衆国」になってしまうことが嫌だという意見が強いです。
■EU残留派の主張
これに対し、EUに残った方がいいとする意見では、「シングル・マーケット」で輸出がしやすい、英国に来る移民は若くて労働意欲が高いので歓迎だ、大きなマーケットの方が経済成長を出しやすい、小さなマーケットで高齢化が進めば日本のようになってしまう、英国の国際的な発言力を維持できる、などを主張しています。
■大企業の立場
英国の大企業の多くは多国籍企業です。イギリスだけでなく、世界で活動しています。このためそれらの企業が欧州市場へアクセスが保証されなくなると、場合によっては欧州大陸に本社を移転するなどの措置が必要になると言われています。
■中小企業の立場
現在はEUのルールが多過ぎて、書類が煩雑であり、これが中小企業にとって大きな負担となっています。それを簡素化して欲しいという要望は根強いです。
その反面、一度書類を整えてしまえば、EUには通関手続き無しで輸出できるため、市場へのアクセスをこれまで心配する必要はありませんでした。しかしもし英国がEUを離脱すると欧州大陸市場へのアクセスが難しくなる懸念があります。
■金融サービス業の場合
英国は金融サービスが特に強いです。2013年の英国の金融サービス輸出は710億ドルで、これは主要国で最も大きい数字となっています。英国の貿易黒字の大半は、金融サービス業が稼ぎ出しています。
また英国の税収の12%は金融機関が納税したものです。
英国の金融サービス・セクターの雇用人口は210万人で、そのうち69万人がロンドンで仕事をしています。
つまり英国がEUを離脱すると、「ヒト、モノ、カネの自由な行き来」に依存することが多い金融サービス業が、とりわけ悪影響を受ける心配があるのです。
■離脱が英国経済に与えるインパクト
英国財務省の試算では、離脱シナリオでは英国のGDPは-3.6%になるとされています。
失業者は52万人増え、失業率は1.6パーセンテージ・ポイント上昇すると見られています。
平均賃金は-2.8%下落し、住宅価格は-10%下落するそうです。
つまり離脱すると経済的にはかなりムチャクチャになるというのが政府の公式見解なのです。
■国民投票とETF戦略
さて、今回の国民投票を、ETFを使ってトレードする方法には、どのようなものがあるのでしょうか?
まず英国そのものに投資するETFとしては:
iシェアーズMSCI英国ETF(ティッカーシンボル:EWU)
が最もポピュラーです。このETFはMSCI英国指数をなぞるように設計されており、HSBC、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ、グラクソ・スミスクライン、ロイヤルダッチシェル、BP、ボーダフォン、アストラゼネカなどの銘柄が組み入れられています。
つぎにEUに投資するETFとしては:
iシェアーズMSCI ユーロゾーン ETF(ティッカーシンボル:EZU)
バンガードFTSEヨーロッパETF(ティッカーシンボル:VGK)
の二つがポピュラーです。
なお重要な違いとしてiシェアーズMSCIユーロゾーンETF(EZU)には英国が全く含まれていません。
これに対し、バンガードFTSEヨーロッパETF(VGK)は英国を含んでいるという点です。実際、英国が同ETFに占める割合は31.3%であり、最も大きな国となっています。
国民投票まであと一ヶ月なので、現在はiシェアーズMSCI英国ETFを空売りする投資家が増えています。たぶんすでに現物株のポートフォリオでHSBCやブリティッシュ・アメリカン・タバコなどの英国株をポートフォリオに組み入れてしまっている機関投資家が、ヘッジの目的でETFをショートしているのだと思います。
もし英国がEUに残留するのであれば、このショート・ポジションには買戻しが入る可能性があります。
それから上で英国のEU離脱は英国経済にとって打撃になると述べましたが、実は英国が離脱すると、それはEUの側にも悪影響があると思います。
なぜなら英国はEUの中で最も大きな国のひとつですし、その英国が抜けるということになると、そもそも欧州連合という価値観そのものが揺らぐリスクがあるからです。
したがって英国がEUに残留するとなるとEZU、VGK両方のETFが買われる可能性があります。