サウジアラビアの国有石油会社の上場について

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背景

WTI原油価格が72ドル台に上がってきています。原油価格の上昇でエネルギー株が人気化しています。そのことは棚上げにされていたサウジ・アラムコの上場が再始動する可能性が出てきたことを示唆します。そこで今日はこの問題について解説します。

 

歴史

サウジアラビアは20世紀の初頭にアブドル・アジズ・イブン・サウドによって打ち立てられた国です。最初はアラビア半島のほぼ中心にあるリヤドという町だけが彼の領地でした。砂漠にはベドウィンと呼ばれる遊牧民が居り、いろいろな部族が割拠していました。アブドル・アジズ・イブン・サウドはそれらの部族を徐々に自分の傘下に入れ、勢力を拡大していきました。1922年に聖地メッカを掌中に入れ、1928年までにはアラビア半島の殆どを統一しました。これが今日のサウジアラビアの始まりです。

その当時、首都リヤドの人口は僅か4万人ということですから如何に小さい国だったかがわかると思います。アブドル・アジズ・イブン・サウドは配下に入れた諸侯の面倒を見る必要がありました。従って砂漠の極めて限られたリソースを臣民に分配するという習慣は、サウジアラビア建国当初からあったわけです。 

石油の発見

1932年にスタンダード石油カリフォルニアの石油技師がサウジアラビアに来て石油の探索をしたいと申し出ました。そこでアブドル・アジズ・イブン・サウドの番頭で財務大臣であるシーク・アブドラ・スレイマンがアメリカ人との交渉に当りました。

19335月にコンセッション(石油開発権)の契約が調印されました。それによるとスタンダード石油カリフォルニアはサウジアラビア政府に35千ポンドを即金で支払い、さらに18か月後に2万ポンドを支払うことが決まりました。加えてスタンダード石油カリフォルニアは毎年サウジアラビア政府に5千ポンドを支払う契約でした。そして石油が発見されたあかつきには一時金として5万ポンドを支払うとともに石油の生産に応じてロイヤリティーを支払う事が決められました。

こうして1938年にアラビア湾に面したサウジアラビア東部のダンマンで最初の石油が発見されたのです。石油が出た日、1日当り1585バレルだった流量は3日後には4000バレルに増えました。スタンダード石油カリフォルニアはテキサコ、スタンダード石油ニュージャージーの2社をパートナーに招き入れ、サウジ・アラムコの体裁が完成したわけです。

ここで注意すべき点は、サウジ・アラムコは100%アメリカ資本のアメリカ企業だったという点です。

米国とサウジアラビアの特別な関係

アメリカとサウジアラビアは最初から良好でした。その理由は、サウジアラビアはイランと英国のギクシャクした関係を垣間見る機会があり1) 中東に最後に進出してきたアメリカのほうがパートナーとして組み易い、2) イランのようにせっかちに変化を求めるのではなく、ゆっくり自分の欲しいものを手に入れた方がいい、という二つの大事な教訓を得たからです。

一例として第二次世界大戦が終わった後、ユダヤ人虐殺の歴史への反省からパレスチナにユダヤ人の入植地を作る機運が高まったことがありました。アメリカには沢山ユダヤ人が住んでいる関係で、アメリカ政府はこの構想に積極的でした。普通なら、アラブ人であるサウジアラビアはこれに反発してもおかしくない局面ですが、サウジアラビアは「ビジネスに政治や宗教を持ち込まない」という態度を取りました。

サウジ・アラムコの国有化

ニューヨーク大学とハーバード大学を卒業したアハメド・ザキ・ヤマニは若いにもかかわらず、人懐っこく、礼儀正しく、しかも押し出しが良かったので石油相に抜擢されました。彼はまず石油輸出国機構(OPEC)で人脈を作った後、1968年にサウジ・アラムコの50%株式をサウジアラビアが保有する構想を打ち出します。ただ直ぐにそれを要求するのではなく、じっくり時間をかけてアメリカを説得する作戦を取りました。そして1973年にサウジアラビアはサウジ・アラムコの25%株式を取得しました。そして最終的に198039日にサウジアラビアはアラムコの100%株主になります。しかしその後も会社の登記をアメリカのデラウエア州に残したままにし、1988年までアメリカの会社として経営しました。

なぜサウジアラビアがこのようにじっくり時間をかけて国有化したかといえばアラムコには沢山のアメリカ人技師が働いていたし、アメリカとの関係を維持したいと考えたからです。

国有化後のサウジ・アラムコは法的には「国王の私有物」となりました。しかし20181月に同社はジョイント・ストック・カンパニーに改組しました。これは来るIPOに向けての準備と考えられます。

アラムコの業績

20184月にブルームバーグは「2017年上半期にアラムコは338億ドルの純利益を稼いだ」とスクープしました。しかしアラムコ側は「その数字は正しくない」としてこの報道を否定しています。もしこの数字が正しいのであればアラムコは世界のどの上場企業より儲かっていることになります。

下はアラムコの営業キャッシュフロー、純利益、配当をエクソン・モービル、ロイヤルダッチシェルと比較したチャートです。

また2016年のアラムコの石油・天然ガス生産高は1350万バレル/日(boeベース)で、エクソン・モービルの410万バレルを凌駕しています。

今後の展開

上で述べたようにサウジアラビアは長期的な視点から自分に有利な条件が整うまで慎重にチャンスをうかがう行動を基本としてきました。アラムコのIPOを提唱しているムハンマド・ビン・サルマン皇太子は32歳と若いので、これまでのサウジアラビアのリーダーよりはせっかちかもしれません。

このところの原油価格の上昇で石油株は人気化しています。これはIPOを実施するには好適な環境と言えます。ただ今回のディールは1千億ドルもの資金調達になると言われており、そのような巨大ディールを値決めに持ち込めるほど石油セクターはポピュラーではありません。また大型IPOは普通夏場やクリスマス前を避けるため、秋にキックオフされることが多いです。それまでにあと3ヵ月ほどしか準備期間が無いため、年内の売出しはかなりムリがあると思います。