外出禁止令解除を視野に入れ始めたニューヨーク市場

■新型コロナウイルスの現況

アメリカにおける新型コロナウイルスの拡散を論じる際、ニューヨークの動向に注目する必要があります。

アメリカでは外出禁止令を出す権限を持っているのは州知事であり、大統領ではありません。

従って外出禁止令は全国で一斉に実施されたのではなく、五月雨式に個々の州が順番に宣言してゆきました。

ニューヨークがベンチマークと言われる理由は1. 感染者の数が飛びぬけて多い 2. 他州に先駆けて3月23日に外出禁止令が出された、などによります。

そのニューヨークの状況なのですが、ようやく新しい陽性者の数が鈍化してきています。

ニューヨークのクオモ知事は「5月15日を外出禁止令解除の目安に」と言っています。

そのときまでにやらないといけない事としては新型コロナウイルスのテスト装置を沢山準備し、なるべく多くの人にテストを受けてもらい、外出禁止令解除後も陽性ならびにハイリスクの人は自宅待機してもらうようにすることです。

アップルとグーグルはスマホの位置情報機能を活用し、自宅待機が守られているかをモニターするアプリを開発中です。

個々の企業は、いまテスト装置を購入し、職場単位で安心して働ける環境の整備に努めています。

■中央銀行と政府の動き

議会が可決した2.2兆ドルの景気支援策(CARES Act)でアメリカの国民の多くの銀行口座に政府から直接13万円が振り込まれました。内国歳入庁が銀行口座を把握していない国民に関しては、小切手が郵送で届くことになっています。

また通常の失業保険に加えて毎週6万円の「上乗せ金」が支払われることになり、これで外出禁止令を守っている国民の生活は相当楽になります。

さらにレストランや専門店のようなスモール・ビジネスを救済するために設けられた中小企業賃金保護プログラム(PPP)が本格的に稼働し始め、第一弾の3490億ドルの貸出しは完了しました。このプログラムはとてもポピュラーで「うちも借りたい!」という事業主が多いので議会は第二弾の法案を急いで可決しようとしているところです。

PPPには地元の零細な銀行なども貸付に参加しており、それらの事業規模の小さい銀行は自己資本に照らして大きな貸出しをしています。そこで連邦準備制度理事会(FRB)は彼らの貸付をそっくりそのまま額面で買い上げることで身を軽くし、新規のPPP融資を繰り出せるように便宜を図っています。

FRBはその他にも地方商店街拡大貸付ファシリティを通じてローンを買い上げる、ミュニシパル・リクイディティー・ファシリティを通じ州政府、市、郡などの地方政府が発行する債券を購入するなどの支援をしています。

これらの措置により市場参加者は落ち着きを取り戻しています。

■金融危機に発展する?

2月19日を境に米国の株式市場が記録的な下げに転じたとき「これはいずれ金融危機に発展するのではないか?」という声が聞かれました。

いま2020年第1四半期の決算発表シーズンになっているのですが、メガバンク各行の決算内容ならびに決算カンファレンスコールを確認する限りでは、そういう兆候はありません。

銀行の貸付先を1. 個人と2. 企業に大別すると、まず個人への貸付ポートフォリオは未だ殆ど痛んでいません。上に述べたように政府から個人へ直接支援金が払われているので個人が住宅ローン、自動車ローン、クレカ・ローンなどを支払えなくなり、それが元で銀行が大きな貸倒金を計上し、その結果、自己資本不足になり、新しい貸付が出来なくなる……そういうシナリオになる可能性は極めて低いです。

次に企業に対する貸付ですが、これに関してはJPモルガンとシティグループが貸倒引当金を積み増しました。これはそれらの銀行がシェール企業などエネルギー・セクターの借り手と付き合っていることが一部関係していると思われます。

しかし一般にメガバンクの預金は今急激に増えており、腰の据わった貸付原資には困らない状況となっています。

このことからも近い将来「貸し渋り」のようなことが起こるリスクは低いでしょう。

■原油の急落

さて、リスクの話をすれば、先日、WTI原油の先物が5月物から6月物に限月交代するタイミングで取引が終了する5月物の価格が暴落、最終的には-37ドルという、驚くような価格を一瞬付けた事件がありました。

これについては少し解説する価値があると思います。

いまアメリカでは外出禁止令の関係で旅客機の運行は-80%になっていますし道路も混雑していません。ジェット燃料、ガソリンなどの需要が軒並み急減しているのです。

このことから原油が余ってしまい石油タンクは満杯になっています。原油先物の決済はフィジカル、すなわち実物での決済になります。このため今のタイミングで原油を貰っても、保管場所も無いので困るわけです。そうした事情で誰も引き取り手がなくなった原油が「保管コスト」を上乗せした値段、すなわちマイナス価格まで下がってしまったというわけです。

これは原油をベンチマークとするETF(上場投信)にとって困ったジレンマをもたらします。なぜなら先物は上に書いたように実際にマイナスで取引される可能性があるのにETFは株式と同じ取引メカニズムなのでマイナスにはなれないからです。

すると差額は全部ETF会社が穴埋めしなければいけなくなります。するとETFが破綻するリスクがあるのです。

そもそも石油タンクやパイプラインなどのキャパシティには限界があるにもかかわらず、金融商品であるETFが実物の決済可能範囲を超えて盛大に取引され過ぎると問題を引き起こす可能性があります。

この展開を見たETF会社は1. 新規のETFのクリエイション(組成)を止める、2. ベンチマークとなる先物を期先の限月に置き換える、などのその場しのぎのやり方で危機を切り抜けました。

しかしこれは後々に大きな禍根を残したと言うべきでしょう。なぜならETFのクリエイション、リデンプション(償還)がサクサクできない状況では、それはもはやETFではなく、クローズドエンド・ファンド(会社型ファンド)になってしまうからです。またベンチマークを動かすのはサッカーに喩えればゴールラインを動かすような行為です。

なおいま説明したような問題は①外出禁止令で石油の需要がパッタリと止まった、②原油の先物は実物決済である、という二つの理由が重なったことで起こった問題であり、これは例えばS&P500指数やナスダック総合指数のような金融指数に依拠したETFには起こる心配の無い問題です。それは指数先物は「保管場所」を必要としない差金決済だからです。

■インフレではなくデフレこそがリスク

いまFRBが政策金利を実質的に「0」にし、さらに無制限の量的緩和政策を行っていることで一部の投資家は「ハイパー・インフレが来るぞ!」と警鐘を鳴らしています。

私はその可能性は限りなくゼロに近く、いまはむしろデフレを心配すべきだと思います。

それが証拠につい先日、原油価格は-37ドルで取引されたわけで、これはインフレどころか超デフレです。そして超デフレになった理由は需要の激減です。

外出禁止令は需要激減を引き起こす元凶であり、それが続いている間は中央銀行や政府はお金をばら撒き続ける必要があるのです。