
■FRBの対策は一定の成果をおさめた
米国連邦準備制度理事会(FRB)は新型コロナウイルスの発生以降、矢継ぎ早に大胆な政策を繰り出してきました。まず米国の政策金利であるフェデラルファンズ・レートは0~0.25%に引き下げられました。
次に無制限の量的緩和政策を打ち出し、米国財務省証券、住宅抵当証券、商業不動産担保証券(CMBS)を積極的に購入すると発表しました。その結果連邦準備銀行の資産は7兆ドルに達しています。
これは見方を変えればFRBがそれだけの債券を市場から購入し、その代わりキャッシュを市中に放出したことを意味します。
FRBはさらにコマーシャル・ペーパー・ファンディング・ファシリティー(CPFF)を設置しました。
コマーシャル・ペーパーは企業が出すIOU、つまり借用書です。それは幅広い場面で使われており、たとえば自動車ローンの貸付原資の供給源になっているほか大企業から中小企業までの短期の資金繰りをやりくりする際に使われる重要なツールとなっています。
コマーシャル・ペーパーが円滑に取引されなくなると、そのような日常の決済に影響が出てしまいます。そこでFRBは特別目的会社を設立し、希望する企業から直接そのIOUを買い取ることにしました。
FRBはさらにマネーマーケットファンドへの貸付ファシリティも設置しました。マネーマーケットファンドは短期の安全な固定利付の投資対象に投資をする「現金代わり」の投信ですがそれに対してもキャッシュをこしらえる必要から解約が殺到したからです。この発表を受け、マネーマーケットファンドの資金流出は収まっています。
FRBはさらにプライマリー・ディーラーへの融資ファシリティを設置し多面的な支援を打ち出しました。
加えて新たに設置されたプライマリー・マーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(PMCCF)では、基準を満たす企業が新発の社債を発行する際、ニューヨーク連銀が特別目的会社(SPV)を通じてその社債を直接購入する、そして必要であればローンを提供します。
このファシリティを利用できる企業は①米国に所在する大企業であること、②最低でもBBB-/Baa3の格付けであること、③新発社債もしくはローンの期限は4年以内であること、という条件がついています。このファシリティを通じた購入は9月30日までです。
同様に、新たに設置されたセカンダリー・マーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティー(SMCCF)では米国財務省が設立した特別目的会社を通じて既発の社債、ETF(上場投信)を市場から購入します。その際の条件はPMCCFと同じです。このファシリティを通じた購入は9月30日までです。
FRBはさらにリーマンショックの時に設置されたターム・アセット・バックト・セキュリティーズ・ローン・ファシリティ(TALF)を復活させました。これは資産担保証券(ABS)を購入するプログラムです。そこでは自動車ローン、自動車リース、スチューデントローン、クレジットカード債権、機器ローン、保険プレミアム・ファイナンス・ローン、スモール・ビジネス・アソシエーションによって保証されている一部のスモール・ビジネス・ローンを購入します。
FRBはさらに中小企業向け賃金保証プログラム(PPP)で銀行が中小企業に貸し付けた融資を銀行から買い上げること、すなわち賃金保護プログラム流動性ファシリティ(PPPLF: Paycheck Protection Program Liquidity Facility)も発表しました。これはPPPローンの転売市場をFRBが設けることを意味します。銀行はバランスシート・リスクを気にすることなく貸付に専念できるというわけです。
次いで地方商店街拡大貸付ファシリティ(MSELF: Main Street Expanded Loan Facility)を通じて6千億ドルのローンを買い上げます。その際、先に発表された2兆ドルの景気刺激策(CARES Act)により供給される資金のうち750億ドルをエクイティー資本として充当します。買い取りの対象になるのは4年物ターム・ローンで、初年度は元本の償却と利払いが免除となります。
地方商店街新規貸付ファシリティ(MSNLF: Main Street New Loan Facility)は従業員1万人以下、売上高25億ドル以下の企業に対しMSLPと同じ条件で新規のローンを貸し出すプログラムです。
さらにミュニシパル・リクイディティー・ファシリティ(MLF: Municipal Liquidity Facility)を新設し、州政府、市、郡などの地方政府が発行する債券を購入することを通じて5千億ドルの流動性を提供します。MLFを利用しようとする州、郡、市は3年以内に満期が来る手形を発行、それを直接FRBに買い取ってもらいます。なお発行体は最低限でも投資適格の格付けを2つ以上の格付け機関から得ていることが条件となります。
このようにFRBは「最後の貸し手」として単に銀行にフェデラルファンズを提供するだけでなく、直接社債を購入することで企業へも支援の手を伸ばし、さらに州、郡、市などの地方政府の財政の盛り立て役も買って出ました。これはある意味、1913年にFRBが創設された際の根源的な設立目的に他なりません。その意味で、危機を通じて、FRB本来の使命が明確化されたと言えます。
実際のところ、これらの措置は絶大なアナウンスメント効果を生んだので、FRBが直接それらの資産を買い取るまでもなく、市場は平静を取り戻し、いまは正常に機能しています。
■格差は無くならない
しかしFRBは市場をなだめることはできても失業して困っている国民に直接手を差し伸べることは出来ません。
これはパウエル議長がしばしば言う「FRBには融資パワーはあるけれど、財政散布パワーは無い」ということです。FRBが直接国民ひとりひとりのフトコロにおカネをねじ込むことが出来ない以上、FRBが取りうる政策は上に列挙したような間接的に流動性を提供する手法に限定されます。
しかしそのような流動性の提供は、おうおうにして資産価格の高騰を招き、それは格差を拡大させます。
いま米国では各地で人種差別に反対する抗議行動が起きていますが、これは格差社会に対し国民の不満が爆発したとも捉えることができると思います。
暴動が起きているのに株高が収まらないのはそのような理由によります。