国境税調整とは何か?

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国境税調整とは?

国境税調整(Border Tax Adjustment)は、去年の6月に、下院の共和党が税制改革下院案を発表した際、税制改革案の、ひとつの構成要素として盛り込まれた概念です。

 そこでは輸入品には20%の国境税調整を課し、一方、米国内の企業が法人税を払うときは:

 

(米国内の売上高)-(米国内で発生した費用)=国内利益

 

 

で計算される国内利益だけに20%の法人税を課すという考え方です。

 早い話、「輸入品には20%の関税がかかり、米国企業が輸出して得た利益は無税になる」ということです。

 

背景

そもそもポール・ライアン下院議長をはじめとする下院議員が、税制改革に取り組む決断をした背景には、(どうも現在のアメリカの税制はアメリカ企業が国内で先行投資し、雇用を拡大しようとすると、不利になってしまう仕組みになっている)という問題意識がありました。

 

一例として1960年には世界トップ20企業のうち17社の本社所在地はアメリカ国内でした。しかし2015年にはわずか6社だけになっています。

 これはアメリカ企業が世界で負けているからではありません。そうではなくて、大企業が本社所在地をアメリカ国内から海外へ移したことが原因です。つまり会社の登記だけが、オフショアに変わったのです。

 

そこで問題になるのは、なぜアメリカ企業は登記を海外へ移すのか? ということです。

 

米国企業は連邦政府の課す35%の法人税と州政府が法人に課す税金を合わせると、平均して39%の税金を、少なくとも表向きは払っていることになっています。これは世界でも最も高い部類に入ります。

 加えて米国の法人税は、いわゆる「ワールドワイド課税システム(Worldwide tax system)」と呼ばれる原則が使用されています。

 これに対して殆どの外国は源泉地国課税(Territorial Tax Systemと呼ばれる制度を採用しています。これは国内での利益には課税するけれど、企業が海外で儲けた分に関しては関知しないという制度です。

 するとアメリカ企業が海外で稼いだ利益をアメリカ国内に戻すと、その利益に対して税金を払わなければいけなくなるのです。企業が2兆ドルにものぼる海外利益を海外に貯め込んだままにしてあるのはそのためです。

企業が稼いだお金を本業に再投資するという循環が、上に述べたような税制が原因で断ち切られてしまっているわけです。

 

それを実際に見てみましょう。

 

1960年から2008年まで、アメリカ企業はGDP4.4%に相当する金額を工場などに先行投資してきました。

 しかし2000年代に入ってから様子がおかしくなり、いまは平均すると2.8%しか国内先行投資に回っていません。

 その代り、企業は、アイルランドに代表される税率の低い国の小さな企業を買収し、その買収先企業の所在地を本社とする、いわゆるインバージョン(倒置)取引を盛んに行うようになりました。

 

各国の税体系の違い

アメリカ以外の国の大半は付加価値税(VATを導入しています。

 すると原材料から部品が作られ、それが完成品に仕上げられるまでの過程で、何度も付加価値が加えられ、その度ごとに税コストが内包されてしまいます。

 これでは外国製品に比べて競争力が無くなってしまうので、「もしこの商品が輸出向けなら、VATを払い戻します」という特例を設けています。

 

この措置は、WTOもオッケーしています。

 このVATの払い戻しが、諸外国の輸出の競争力を増す効果をもたらしています。それと同時に、米国の輸出の競争力を不利にしているのです。

 

WTOならびに諸外国の今後のアクションについて

今回のアメリカの国境税調整は保護貿易主義的な色彩が強いので、WTOのお墨付きをもらえる保証はありません

 また国境税調整は関税に限りなく似ているので、米国の貿易相手国がこれを黙ってオッケーするかどうかは、わからないのです。場合によっては諸外国が米国の輸出品に報復的に関税をかけることもありうるでしょう。

 

国境税調整と政府の収入

国境税調整がアメリカの国庫に対して与える影響ですが、向こう10年間で1兆ドルの増収になると試算されています。

 下院共和党案は、この国境税調整がもたらす増収を、所得税率の簡素化、ならびに減税するための原資としたい考えです。

 

国境税調整が企業に与える影響

次に国境税調整が企業に対して与える影響ですが、いまのところ小売業者が一番声高に反対を唱えています

 外国からの安い製品を輸入し、それを売ることで儲けている小売業にとってみると、輸入品のコストがいきなり一律20%上昇することを意味します。これは言い換えればアメリカの消費者に実質的に20%の消費税を課すことに他なりません

 

これはアメリカ国内のインフレ要因になります

 

また最終的な販売価格が20%増えると、消費が一時的に減退することも懸念されます

 中長期では米国内の雇用が増え、賃金が上昇することによりアメリカの消費者の購買力は一定が保たれると思うので需要は変わらないと思いますが、そこへ到達するまでの道のりは平坦ではないわけです。

 

為替への影響

国境税調整はドル高要因だと考えられています。

ドル高はデフレ要因なので、上に書いた輸入価格の上昇を、ある程度、相殺すると予想されています。

ドル高になった場合、米国債などに投資してきた世界の投資家はその恩恵をこうむります。

その反面、ドル建て社債を発行し、資金を調達した新興国の企業などは打撃を受けます。

 

巨視的な含蓄

国境税調整は、第二次世界大戦以降ずっと支持されてきた「グローバライゼーションは、良い事だ」という価値観を覆す考え方です。

 

最も安く生産できるところで生産し、貿易を通じて交換し合うことで、誰もがWIN-WINの関係になることができるという、古典派経済学者、デビッド・リカードの主張した比較生産費説に逆行する考えだとも言えるでしょう。

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